Naganoアフター

元大学ぼっちが社会人になったよというおはなし

体が動かないと思ったら

こんにちは、Naganoです。

これは数日前の朝の話......。

 

その日もいつも通りの朝の時間に目が覚めたのですが、当日は久しぶりの夜勤ということで早起きする必要はなく、二度寝かましました。

眠りに落ちてからしばらくして、おぼろげに目を覚ましました。そこで枕元にあるスマートフォンに手を伸ばそうとしたのですが、ここであることに気がつきました。

 

「体が.......動かナイッ!!」

 

幾度手を伸ばそうとすれど、体を捻ろうとしようとも、体がびくりとしません。確かに眼前には部屋の光景が広がっているのですが、それもぼんやりとしたまま、動く気配がないのです。

それを何度か繰り返してるうちに、ようやく視界がはっきりとしてきました。同時に、自分が綺麗な仰向けの姿勢でいることにも気がつきました。布団が乱れている様子もありません。

 

そこで私が思ったこと......「これって、金縛りかな??」

やっと手にしたスマホで検索してみると、症状的にはほとんどビンゴでした。金縛りの原因は徐々に科学的説明ができるようになってきているみたいでして、恐らくその日の私は睡眠リズムの乱れが原因ではないかと推察できました。(久しぶりの夜勤ということで、それに備えて普段と睡眠リズムをずらしていたため)

 

以前にも同様の軽い症状は経験したことがありますが、今回はけっこうガッツリと味わうことになりました。夜の暗い時間帯ではなく、既に日が昇ったあとの明るい時間帯であったのが幸いでしたね。。

 

皆さんも、睡眠リズムが乱れた際はご注意ください。

以上、Naganoより報告でした。

 

いちねん

こんにちは、Naganoです。

私が社会人になっちゃってから、間もなく1年が経ちます。

 

1年前の今を思い出してみると、やはり学生の身が終わってしまうことに対して寂寥の念を抱いていた気がします。学生⇒社会人のステップジャンプはけっこう心にくるものがありますよね。。

今でもたまに、学生時代に戻りたいと思うことは正直あります(主に高校時代)。かのSHOINJI大先生に「時を戻す」方法を教えてもらいたいなと思ったり(笑)

 

ただ、1年前に想像していたほど、社会人としての生活に絶望するということはありませんでした。そこに「諦観」が少し含まれているのも否めませんが、それでも今は現状の生活を維持しながら、「市井の片隅の片隅のそのまた隅っこ」でさりげなく生きていきたいと考えています。平凡なモブとしての生活って、それはそれで素晴らしいんじゃないかと思ってしまうわけでして。自分は主役になるタイプではないですから、学芸会でいうところの「木3」を細々と演じていきます。

 

しかしながら、呆けてばかりいると「木」から「枯木」になってしまいかねないので、自らのメンテナンスは怠らないよう、気を付けたいです。ここ最近、ようやく気胸の残り香も消えてきた気がします。一度入院した身が言うのもアレですが、健康には気を配っていきたいですね。

あとはこの先控えている資格試験の対策も、ぼちぼち進めなければ、という感じです。今年も何かしらの試験にパスして、報奨金を得たい自らを磨きたいですね!

 

そんなこんなで、2年目の社会人Naganoをよろしくお願いします。暖かい目で見守ってやってください。。

 

(そういえば、今年はアニメやゲームの分野で「ファン待望の続編・リメイク版」の発表が多いような。。モチベーションがみなぎってきますね...!)

 

懐古が止まんねぇ

こんにちは、Naganoです。

以前のブログで、昔使っていたスマホの端末内に保存されていた写真を引っ張ってきたということをちょろっと話しましたが、それに引き続き今回はPC内に保存されていた写真をクラウド上に引っ張ってきました。

タイトルにもある通り、懐古が止まりません(笑)

 

前回の作業では高校時代の写真が主だったのですが、今回は大学時代の写真が中心でした。大学3年の頃を中心にひとり旅をしていた頃の写真が多かったのですが、それに紛れて日常の風景も何枚かあり、それがまた懐かしさを際立てましたね。

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野良猫のごとくひとりぼっちでふらふらしていた当時が思い出されます。キャンパス内ではさすがに寂しさを覚えたりもしましたが、構内から一歩外に出れば、開放感に浸りつつ逍遥したものでした。

今思えば、それも良い時間だったかもしれません。こうした何気ない日々の瞬間のヒトコマを撮っていた自分にすこしだけ、感謝ですね。

 

懐古が止まらないNaganoでした。

耳をすませば

こんにちは、Naganoです。

先日、聴力検査のために耳鼻科へ、そして肺のレントゲン撮影のために近所の病院へそれぞれ行ってきました。

幸いどちらとも経過良好で、ひとまず安心することができました。

 

聴力に関しては、前回行ったときと耳の聴こえ方がガラッと変わり、検査用のヘッドホンを装着した際に聴こえた耳鳴りもだいぶ改善されているのがよく分かりました。静かな場所で耳をすませば聴こえなくもないですが、その程度であれば大丈夫とのことです。(個人的にも同感)

肺に関しても、先日爆発した側も含めしっかりと膨らんでいることが確認できました。

 

まだ気持ちの浮き沈みはありますが、穏便に生活できていることに感謝です。少し欲張るとすれば、入院によって減った体重がなかなか戻らないことが今の課題でしょうか。社会人になってから体重が2キロほど落ちていたのですが、今回の入院によってさらに2キロ減ってしまいまして、そこから何とか元の体重に戻すべく試行錯誤中です。

 

先日はパックのお餅をおやつ用に買ってきました。さすがに職場で餅を焼く訳にはいかないので、休日に数個ずつ消化していきたいと考えています。その他にも、コンビニでは鶏肉やパスタに目が行くようになりました。

体質的なこともあってなかなか思うように体重は増えませんが、無理のない範囲で食トレに励んでいきます。

 

辛い出来事にかかる「思い出補正」について

こんにちは、Naganoです。

最近、これまでにも増して「昔を思い出す」という癖が出てしまっています。

 

先日に至っては、以前使用していたスマートフォンを引っ張り出してきて、端末内に保存してあった懐かしい写真を掘り起こしていました(笑)

主に高校生の頃の写真が中心で、今の自分と比較しても活気があるように見えます。社会人になり、気胸による入院も経験して気分が塞ぎがちの今の自分からすれば、余計にそう見えるのでしょう(誰目線?)

 

ただ、高校生当時の私にも悩みはあったはずですし、いつでも活気があったわけではありません。特に受験シーズンなどは(以下略)

「沈んだ現実」と対比された「過去」というのは、その属性により「明るい側面」が強調されて脳裏に刻まれているのでしょうか。

 

いずれ数年後の私が、例によって過去を振り返ったとき、「あの頃は入院を経験して大変だったなぁ、それも今となってはいい思い出だ」と思える日が来るのでしょうか。少なくとも、今の私にとっては到底考えられません。

ですが同時に、今現在の私は、高校生の頃の「辛い側面」といえる受験シーズンについて、「いい思い出」とまではいかなくとも、当時を思い出してしみじみするレベルには至っています。それは高校生当時の私からしてみれば、同じく「到底考えられない」ことでしょう。

 

思い出補正というのは、こういった形でもかかるものなのでしょうか。なんて哲学的(?)なことを考えて現実逃避をしている休日のNaganoでした。

ーYAKUDOSHIー

お久しぶりです、Naganoです。

前回の記事では気胸からの退院報告をさせて頂きましたが、かれこれ3週間ほど経ちました。おかげさまでだいぶ元の生活スタイルに復帰することができましたが、体の一部を庇う生活は無意識のうちに負担がかかっていたようです。

術後の不安も重なって、今度は耳鳴りがするようになってしまいました...。

幸い症状としては軽度で、日常生活を送るうえではほとんど気にならないレベルですが、ずっと鳴り続くことに対して心配を覚えたので、耳鼻咽喉科に診ていただきました。独特な味のするシロップとかを2週間分もらい、現在経過観察中です。

 

出だしから躓きっぱなしの2021年ですが、そういえば今年は自分にとって「厄年」だったことを思い出しました。私は1997年生まれの男性、数え年で25になるわけですが、どうやら紛れも無い「本厄」みたいです。なかなか侮れないですね...。

 

今は耐え忍ぶ期間なのかなぁと割り切って、ひっそりと過ごしていこうと思います。花粉が飛びきった先に来る(花粉症持ちです)、暖かい春を待って...。

帰郷・桔梗・〇〇

こんにちは、Naganoです。

早速本題に入りますが、私Naganoは1月の中旬に「気胸」を患い、2週間ほど入院生活を送っておりました。前回のブログ記事も、実は入院中のベッドから発信したものです。

きっかけとしては、夜中に寝返りを打った際左胸に激痛が走り、それが朝になっても治らず、紆余曲折を経て気胸であることが判明しました。

 

ただでさえ今回が人生初の入院生活であったことに加え、新型19が衰えを知らない現状ということもあり、気持ち的にはだいぶ参ってしまいました。そんな中でも、手を尽くして頂いた関係者の皆さまには感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。。

 

そして何より、今回の経験によって、「健康」がいかに貴重なものであり、ありふれた「日常」がいかに素晴らしいものなのか、といったことを本当に実感しました。

 

実は今回入院する前、少しばかり日々の生活に「つまらなさ」を覚えてしまっていた自分がいました。それは、代わり映えしない日常、慣れによりかったるさを覚えた社会人生活に因るものです。これをいつまで続ければ良いのかと、億劫に感じている部分がありました。

しかし今回、入院生活を経てその価値観は変わりました。

 

また、これまで経験がなかったが故に、「傷病」に対してどこか他人事に感じている自分がいたことも事実です。それについても今回、自分がその身になって様々な経験をし、これからはもっとしっかり考えようと思いました。もちろん、19に対しても、これまで以上に気を配っていきたいです。

 

無事退院し、現在は日々の生活の中でリハビリをしている段階です。もう少しだけ時間をかけて、もとの生活に復帰できればと思います。